もはやこれまで

隠遁を願うアラフィフ会社員。中学校の卒業文集で将来の夢は”何もしないひと”と書いた。あれから35年、夢も画力も変わっていない。

auの不通騒動

 昨日からau電話の使用が出来なくなっている。普段はネットしかぜず、こちらから電話をすることはほぼないので気づかなかったが、アンテナが圏外になっているという妻の申告を受けてようやく気付いた。

 

 ネット上でも話題になっている。電話がないと緊急時や会社関連の対応が大変そうである。個人で固定電話を自宅に引いている人が少数になってきつつあるため、もはや社会インフラのひとつと言ってよい。

 

 実家にこのことを知らせようということになり、久しぶりに公衆電話を使うことになった。ワシが公衆電話を最後につかったのはおそらく大学生の時である。家の棚を漁ると使いさしのテレホンカードがでてきたのでその束を持って妻が駅前の公衆電話へと赴いた。が、実家はコールしても誰もでなかった。皆忙しいのである。

 

 これが今回活躍したテレホンカードである。嗚呼、平成は遠くなりにけり。

実はほとんど度数が残ってなかった。。汗

 

 

 

 

脱二酸化炭素について思うこと

 脱二酸化炭素が気候環境に有効かどうかはさておき、世界はこの流れにある。

 

 CO2 は炭化水素を燃焼した際の最終生成物の一つで反応性の低い非常に安定物質である。エネルギーからみた物質の安定性はその物質のもつギブス自由エネルギーで表すことができるがその値は - 394 kJ/mol。

 

 再利用するにも、もともとエネルギーレベルの低い CO2から中間有価物質を合成するためにどうしてもエネルギー源として還元用の水素が必要。大量に利用可能で安価、かつ製造・利用過程で CO2排出増につながらない水素調達が最大のボトルネックとなっている。

 

 究極的には製造過程で CO2を排出しない再エネ由来水素が必要になるのは明らかだが、技術革新・普及は困難を極める。それまでのつなぎとしてメタンを水素源利用もひとつの候補と有識者は言っている。

 

 地球からCO2を排除しなければならないと仮定して、どんな方法があるか考えるとCO2を地球の土中岩盤へ固定化、海洋投棄し固定、宇宙へ捨てるくらいしか多分ない。

 

 土中岩盤へ固定化はすでに取り組まれている。日本では苫小牧で実証が行われている。しかし、CO2を集め(当然液化にしないと運搬効率悪いね、液化の電力はどうする?)、苫小牧まで運び、ポンプで地下へ圧縮CO2を送るとなると、このエネルギー(電気やガソリン)などを考えると一体どんだけ意味あるのかと思う。地震でも起こり岩盤亀裂が入れば、地上へ漏れ漏れになり苦労が水の泡だ。一体何やってるのという感じになる。

 

 従って本気で大規模にやるには海外で地震が起こらない、かつ石油なんかを汲み上げた空洞跡の利用が良いことになる。日本で排出したCO2を海外現地まで運ぶのにCO2をさらに排出するという矛盾はある。

 

 海洋投棄も日本郵政なんかがプロジェクトに参加している。ドライアイスを海に沈めるとある程度の深さから海水温度や圧力が保たれるので気化せず固体のまま海底に貯まるらしい。日本は横に海溝があるのでいいんじゃないのと思った。けどこれもいろいろと越えるべき課題はありそう。生態系の問題とかほんとにそのままの位置で固形CO2は形をとどめたまま動かないのとか。

 

 宇宙に捨てるというのはなかなか素敵である。しかし誰がどうやって宇宙まで持ってくいのだろう。

 

 化石由来エネルギーを使うということはCO2を排出するということである。原子力エネルギーを使えば核廃棄物が排出されるというのと考え方は同じだと思う。CO2がいよいよダメということになると原子力利用が再び市民権を獲得するのだろうか?

 

 

2022GWも終わり、明日から仕事

 

 今年のGWはほぼ家で過ごした。外出も近所の食料品スーパーに行くだけで引きこもり状態である。休み前にはやりたいこと、行きたいところを書き出してはいたものの例年のごとくほぼ達成することはなかった。あれこれ妄想で計画するのが楽しいのであってやるやらないは気にしない。

 

 前半は天気も悪く寒かった。地震も頻発していたので家で掃除と断捨離と洗濯と非常食料/飲料水のチェックなどを行った。そのほかは図書館でかりた本を読んだり、ネットで映画を見たり、だらだらと会社の持ち帰り仕事をしているうちにすぐに一日が過ぎた。

 

 TVを見ないので世間の状況をよくは知らないが、ネットニュースでは行楽地はすごい賑わいの様子。コロナ移動制限が解除されたせいもあってか多少の民族大移動も起こっているようである。どこかの潮干狩りの様子が掲載されていたが、貝よりも人の方が多そうな密集ぶりであった。その中で密には気を付けようなどとアナウンスしている。無理な話だ。

 

 読書は先月から読んでいたジョンマンを一気に片づけた。現在第7巻の邂逅編を読んでいる。なんとこのジョンマン、7巻もありながら完結していないことが判明した!道理で物語の進展が遅いはずである。7巻の時点でまだジョンマンはアメリカにいるぞ。これからゴールドラッシュで沸くカリフォルニアへ金を掘りに行くらしい。一体この小説はいつ終わるのだろう。8巻発売は多分2年後である。涙。

 

 休憩はたっぷりできたので明日から(今日から?)の仕事、鬱陶しいけど頑張ろう。

 

 

 

 

 

将棋の藤井五冠を見て思ったこと

 

 凡人が生まれながらに有能な奴と互角に張り合うには悲しいことだが、継続した一点集中突破作戦しかない。


 なにかこれ、と決めた分野に対して人生の大半のエネルギーをその分野に注ぎ、しかもできるだけ幼少期から他人よりも長くしぶとく継続すること。そうすれば不幸にして才能がなくとも世間一般よりはよく知っている、よくできる、ちょっとだけ凄いという部類に入ることができる。ただし残念であるが多分超一流にはなれないし、分野によってはそれを生業として糧を得ることができるかは怪しいところがある。


 学業やスポーツなどその道を極めた人に対して、専門バカだの、それしかできない非常識人だのとクレームをつける輩が時々いる。クレームをつける輩に限って、当の本人は何の専門も持たず、ほかに何もできないただのバカである場合が多いので適当にあしらえば良い。


 そうなのだ。凡人が輝くためにはあれもこれもとやっている時間はない。これと決めた分野を絞るのも凡人にとっては至難の業、幼少期に周囲の人間を含めてその人に適した能力や才能など分かるわけがない。


 なので江戸時代の親の職業を代々必ず継ぐというのは理不尽なように見えて結構理にかなっているのではと思ったりする。他に選択肢がないのであれば幼少期からこれで生きていくという覚悟が決まる。現代は選択肢が多すぎ、逃げ道が多くあり、覚悟が決められないのだ。


 またそれを無限の可能性を秘めているなどと綺麗ごとを言う。可能性など最初からさほどない。与えられた時代と場所で与えられたスペックで勝負するしかない。


 継続して一点集中突破、誰にでもできるが凄くハードルが高い。やりたいと思う人10000人、実際に始める人100人、それを続ける人1人。蓋し名言である。多くの場合は1人に入れず、9999人側に落ちつき、こんなはずではとボヤくことになる。


 藤井五冠は恐るべき才能の持ち主だ。神の子といわれるだけのことはある。神は運命のいたずらで気まぐれにこのような人間を地上に送り込む。

ジョン・マン 4青雲編 山本一力 講談社

 

 身寄りのない万次郎は船長に引き取られてともに生活することになった。その間、教会へ行ったり読み書きを学びに小学校へ行ったりする。

 

 船長は捕鯨船員としての万次郎の有能さに魅了され、小学校を出た後は航海の高等教育学校へ行かせようと考えている。この辺りも運があったのだろう。もし有能でなく平凡な少年であればそのまま孤児院にでも預けられて、その後に陽の目をみなかったかもしれない。もともと地頭や身体能力にも恵まれていたのだろう。言い方は悪いが万次郎以外の漂流した他のメンバーであればこのような待遇を受けていたかどうか。もしワシだったら精神的に参って廃人になっていたかもしれん。

 

 英語を、キリスト教精神を肌で吸収し、当時そのまま日本へ帰国できれば開明的思考を有する人間として重宝された、いや危険人物として命を狙われたかもしれない。そう考えると人間は環境や教育によって創られるのだと思わざるを得ない。もちろん十分な先天的能力あっての話という前提は付くが。

 

 毎日英語を音読し、数学物理の家庭教師までつけて挑んだ高等学校(バーレットアカデミー)に合格した場面で本章は終わってる。数奇な運命である。

 

 

 

50の手習い

 

 人と箸の持ち方が違うと気づいたのが小学校の運動会。障害物競走の一部に割り箸で卓球の球を掴んで10mほど走るというのがあった。その部分までは1番だったが球が掴めずドンドン抜かれて最下位になった。最下位になってもまだ掴めなかった。

 

 何故皆は簡単に掴むのかと思ってしばらく観察していたらどうもワシと箸の持ち方が違うということに気づいた。

 

 今まで全く気付かなかった。これまでに他を観察する機会がなかったからだ。小学校は給食だったが、パン食のためおかず用に先の割れたスプーンを毎日使っており箸を使う事はなかった。

 

 100円ショップでお箸持ち方矯正キットが売っていたので買った。対象年齢2歳とある。これで毎日メシを食べているが、指がつりそうでイライラする。たぶん半年後には華麗な箸さばきを披露出来る筈である。

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対象年齢2歳~


 

ジョン・マン 3望郷編 山本一力 講談社

 

 万次郎を乗せた捕鯨船グアム島や高知沖などで捕鯨したあとホーン岬南米大陸の下端)を経由してアメリカへの帰路へ着く。

 

 高知沖ではなんと土佐の捕鯨船とすれ違うなど故郷までもう少しという処まで接近するが、ハワイに残した仲間を慮ってかろうじて海に飛び込むのを思いとどまる。

 

 南極に近いホーン岬では万次郎の通訳(絵描き)が海へ転落。万次郎は落ちた位置を星の位置から正確に割り出し、仲間を助けるために海へ飛び込む。万次郎は捕鯨船ジョンハウランド号においてもはやいなくてはならない誰もが認める存在となっていた。

 

 この時わずか16才。凄すぎるぞ、ジョンマン。