もはやこれまで

隠遁を願うアラフィフ会社員。中学校の卒業文集で将来の夢は”何もしないひと”と書いた。あれから35年、夢も画力も変わっていない。

常識は変わる

 常識とは、ある社会や時代において、大多数の人々が当然のこととして共有している知識や判断基準である。

 

 最近、この常識ほど当てにならない言葉はないと感じる。仮に同じ社会を生きる日本であっても年齢や環境によってそれは大いに異なる。

 

 運動部の部活の時、水を飲むな、日陰に入るなは常識だった。

 

 勉強して高偏差値大学へ行って、名の知れた企業勤めを目指すのが常識だった。

 

 サービス残業、休日出勤して会社優先にふるまうことが常識だった。

 

 会社会議室では皆タバコを吸っていたし、新人が灰皿を掃除するのは常識だった。

 

 散財や投資などせずに、一途に銀行貯金に励むことが常識だった。

 

 どれもこれもかつての常識が今常識であるとは言えなくなっている。常識は時代によって変化していくのだ。

 

 無意識に常識に固執し、引っ張られ、殻を破れない、思考の停止した人のなんと多いことよ。自身への戒めとしたい。

 

 

何の役にも立たないが高校数学は面白い

 何の役にも立たないが、この歳になって高校数学は面白いと感じる。おそらくパズルを解く感じと正解が1つに決まるのが心地よいからだと思う。

 

 会社で業務をしていると正解が決まらない、そもそも正解がない、論理でなく政治的かつ大人の都合で解が決まることがほとんどである。

 

 例えば、マンパワーも金も時間もない繁忙期にお客が何時何時までにサンプルを寄こせと言ってるみたいな場合にどう対処するか。

 

 無かったことにして無視する、うるせーボケと言って会社を辞める、サービス残業して頑張る、ほかの人に仕事を振る、、、。状況によってはどれも正解に成り得るし、間違いにも成り得る。すっきりしないし、その後、周りや自分に禍根を残したりもする。

 

 シンプルに公式と計算と論理で正解が決まることなどない。だから昔やった数学はよかったわなーと懐古に浸るわけである。

 

 数学の問題を解くことが精神安定剤になるのであればこんなに安価な趣味はなく、歓迎すべきであるが、ワシの実生活には全く何の役にも立たないし自慢もできないのが辛いところではある。

 

 

 

生成AI利用の果て

 ワシらは最終的に自分たちをクビにする(不要にする)ために、毎日必死に満員電車に乗って汗水垂らしてAIを使いこなして技術革新業務を実行している。

 

 本来、テクノロジーの進歩や業務の効率化は、「これで人間の仕事が減って、みんなで楽ができるぞ!」と喜ぶべきもののはず。


 AIが有能になればなるほど結果的にワシらは不要になる。自分たちを解雇に追い込むために頑張る現代の異常さは何時まで続くのだろう。ものすごい矛盾。

いぼ治療

 手の指腹部分の埋まった個所にごま粒みたいなできものがあったのは認識していた。気にならなかったので何年も放置していたが、ここ最近でなぜか盛り上がってきたので近所の皮膚科で診てもらった。

 

 尋常性疣贅。免疫の調子で大きくなったり、人によってはそのまま完治したりする。良性ではあるがウイルス性なので除去が望ましい。液体窒素での治療が2週間に1回のペースで始まった。

 

 すでに3回液体窒素とスピール膏(イボコロリ)を行ったが、根が深く、なかなか核を取り切れない感じ。医師からは除去に時間がかかるケースもあり頑張りましょう、と言われた。

 

 今週末も通院。最近病院ばかり通ってる気がする。

 

 

 

NISA貧乏

 

初めて聞いたとき日本人らしいと思った。若者が老後資金を貯めるためにNISA投資をし、今使うべきお金が足りなくなるというもの。

お金は使う時期が大事。若い時に自己投資に使わずにいつ使うのだろう。高齢になって時間と資金があってもどうにもならない場合が多い。とくに将来の可能性という点では。貯めるのは結構だがバランスが大事と思う。

 

しかし、大学生やそこらの年齢から老後資金を心配するこの国って。どうかしてるわ。

最近本が高い

 最近本の価格が高い。いや本だけでなく全部高い。おかげでここ何年も本雑誌をほとんど購入しておらず、大体図書館ですませる。

 

 先日、近所の本屋でNHKラジオ英会話の月刊テキストを見て驚いた。定価710円。いつの間にかこんな価格になっている。ワシが聞いていた頃のテキストを見ると320円とあるぞ。

 

 ますます本購入から遠ざかりそう。

 

 

 

アラフィフ、人生の有限性に気づく。

 お金か時間か。50代でたまらなく退職したい願望が湧いてくる理由は、人生の残り時間が少なくなってきているからだと思う。

 

 残り時間の希少性に気づいてしまったからなのだ。平均寿命は長いが、健康寿命は案外短い。実際に自由に動ける黄金の10年と呼ばれるものは50代後半〜60代前半なのだろう。

 

 出世はとまる、昇給もとまる。現場から外され、興味のないバックヤードの面倒な調整業務ばかり。スキルも身につかない。ストレスしかない。残り少ない時間をすごく無駄にしているような気持ちに苛まれる。

 

 おそらく周りの同年代たちも同じだろう。この1,2年で次々と辞めていった。次の行き先がある者、無い者に関わらず、去り際、みな一様に清々しい顔をしていた。業務中は苦虫を嚙み潰したような表情をしていたのに。わかる、わかるぞー。

 

 仕方がないわな。気づいてしまったのだから。