もはやこれまで

隠遁を願うアラフィフ会社員。中学校の卒業文集で将来の夢は”何もしないひと”と書いた。あれから35年、夢も画力も変わっていない。

大学授業料値上げ

 

 少し前、慶応義塾大学塾長の伊藤先生が国立大の学費値上げについて言及し物議を醸した。高度な教育を提供するために100万値上げの150万/年にすべきではないかというもの。

 

 伊藤先生は半導体固体物理の専門家でワシも10年ほど前、関連分野の業務を行っていた際にyoutubeで先生の講義をノートを取りながら毎回聴講していた。大学の講義を録画し、そのままyoutube公開するのは当時結構珍しかったし、ジーパン姿で登場し講義する様も自由で大学らしいと思ったものだ。

 

 講義に欠席した学生や復習したい学生向けに公開していたものらしいが、教え方が上手く、こんな先生に習いたいと、むしろ他大学の学生や社会人からの意見でコメント欄が埋まっていた。講義ノートはいまでも手元にある。動画もまだ再生できるかも。

 

 どこか別番組の動画で研究者でありたかったが塾長に選出されてしまった、と仰っていたのを聞いて正直残念と感じた。大学経営というより研究向きの先生だと思ったからだ。

 

 大学教育にはコストがかかる。調べてみると私立大理工系の学費は諸経費を含めて年間150万くらい、医学は別格として薬学部でも年200万近い。国内物価や税負担率が上がり、年間所得も下がっている中、さすがに高額と感じる。

 

 30数年前ワシが大学に入ったときは年37万ほどだったが、それでも当時は高額だと感じた記憶がある。それまで通っていた公立高校の学費が月1万だったからだ。現在の学費は54万で約1.5倍になっている。でも給与所得は会社員初任給を比べてみても当時から1.5倍にはなっておらず微増にとどまっている。

 

 高度な教育提供、人材育成にコストがかかるのは間違いなく、公教育の学費を私学並みに引きあげると、大学間の切磋琢磨は助長されるが、潜在的な優秀人材たちが高等教育機会を失うことになる。

 

 もしやるのであれば海外を倣って、借金となっている名ばかり奨学金ではなく、本当の意味での無返済奨学金などの整備や手当ては必須になる。もっと言えば年齢にかかわらず学びたいときに安価で学べる高等教育機関が大学の理想形。