身寄りのない万次郎は船長に引き取られてともに生活することになった。その間、教会へ行ったり読み書きを学びに小学校へ行ったりする。
船長は捕鯨船員としての万次郎の有能さに魅了され、小学校を出た後は航海の高等教育学校へ行かせようと考えている。この辺りも運があったのだろう。もし有能でなく平凡な少年であればそのまま孤児院にでも預けられて、その後に陽の目をみなかったかもしれない。もともと地頭や身体能力にも恵まれていたのだろう。言い方は悪いが万次郎以外の漂流した他のメンバーであればこのような待遇を受けていたかどうか。もしワシだったら精神的に参って廃人になっていたかもしれん。
英語を、キリスト教精神を肌で吸収し、当時そのまま日本へ帰国できれば開明的思考を有する人間として重宝された、いや危険人物として命を狙われたかもしれない。そう考えると人間は環境や教育によって創られるのだと思わざるを得ない。もちろん十分な先天的能力あっての話という前提は付くが。
毎日英語を音読し、数学物理の家庭教師までつけて挑んだ高等学校(バーレットアカデミー)に合格した場面で本章は終わってる。数奇な運命である。