もはやこれまで

隠遁を願うアラフィフ会社員。中学校の卒業文集で将来の夢は”何もしないひと”と書いた。あれから35年、夢も画力も変わっていない。

徒然第十段  家居いえゐのつきづきしく

 

『よい人がのどかに住む家は趣があり大変よいが、大工が立派に建てた家は見苦しい。どうせ燃えたら住めない。家をみるとその住人の程度がよくわかるものだ。トンビが屋根に糞をするので左大臣が縄を張っているのを見て、西行がこいつ心ちっちゃと思った。一方、性恵法親王も縄を張っていて、これはトンビが池のカエルを食うのを見て、可哀そうと思いトンビ避けに縄を張った、と誰かが言っているのを聞いて、もっともだと思った。左大臣も何かほかにそんな理由があるのかもしれん』という内容。

 

 先生はプー太郎になった後、質素な庵に住むことになる。住居の華美で人の値打ちは決まらん、そんなの心が貧しいではないかという意見なのだろう。家が豪華で綺麗だからトンビが落とす糞を気にする羽目になるのである。ほかにもっと気にすることがあるやろーという声が聞こえてきそう。

 

 人生とは所詮100年程度のひと時の現世仮住まいなのだから、そこそこ快適に過ごせるのなら豪華でなくても十分であるというのは頷ける話である。