もはやこれまで

隠遁を願うアラフィフ会社員。中学校の卒業文集で将来の夢は”何もしないひと”と書いた。あれから35年、夢も画力も変わっていない。

図書館司書の求人があった

 

 市が発行している地元情報誌で図書館司書の応募があった。勤務先は学校の図書館、市立図書館となっていた。いろんな意味で図書館司書というものに多少の羨望があったのでこの仕事ええわー、転職したいわーと思ったものの採用契約1年間、時給951円と記載があり、高等遊民でなければこの不安定職業に就くことは無理と思った。

 

 図書館司書は大学で司書養成科目の所定単位を取得した人に付与される国家資格である。誰もが気軽には取得はできない。にも拘わらずこの扱いである。下手するとスーパーレジ打ちで高校生バイトに払う時給より安い。進む非正規化で司書は一般的な企業正社員の1/3程度の給与であるらしい。この待遇では図書館司書も浮かばれないなーと思った。だいたいこの職業に就いては生活できないではないか。

 

 海外では図書館司書の地位が高くある種ステータスになっている国もある。そもそも図書館司書とは国家が認めた専門職であるが、日本では単に貸し出し対応雑用係みたいに思われているのも問題だ。実際のところ業務も貸し出しや整理、新規本購入というよりもジジババのクレーム処理(なんでこの本が見つからないのだとか、なぜこの本を新たに置かないのだとか)であったり、ジジババ同士の喧嘩の仲裁であったりといったことも多いようだ。

 

 ワシは休日しか利用しないので詳しくは知らんが確かに市立図書館は老人ホーム化しているのは気になっていた。今でこそコロナでソファー椅子利用が封印されているのであまり見かけなくなったが、コロナ前は椅子に座っていびきをかきながら寝ている老人たちを結構お見かけした。ソファーの列、全員がジジで揃っていたということもあったぞ。トランプのポーカーとかぷよぷよゲームなら凄く嬉しいんだが。エアコンもばっちり効いており、静かなので時間潰しにはもってこいの快適環境であるのだ。比較的空いているときは見過ごすのだろうが、こういう輩を体よく追っ払ったりするのも司書の重要な任務である。

 

 調べてみると司書資格は大卒者であれば通信などで1年かけて必要単位をとることで取得できる。通信ならそれほど学費はかからないので最初は勉強してもいいかもと思っていたが、だんだんその気持ちも萎えてきた。

 

 図書館は紙媒体からデジタル媒体へ遷移するに際して本当に必要な機関であるのかを問われ始めている。すでにネット上には不完全であるが電子図書館というのもある。ワシも利用している。PC化も進んでいるので大きい図書館では書籍貸し出し受付も自動処理だし、書籍検索もPCが行う。要は人が要らない。司書を目指す人にとっては厳冬の時代である。

 

 けれども図書館や司書の復権を期待したい。書籍や文献の専門家を擁したあの穏やかで空気が凝縮し止まったような静謐な空間。天井高く書架に埋まった書籍たちが迫ってくる圧倒的な威圧感。訪れるだけでまるで自分の知的レベルが向上したかのように思える新鮮な感覚(むろん錯覚だ)。このような場所がテクノロジー進化の名の下に廃れていくのは残念であることよ。

(この終わり方なかなかいいね。徒然草みたい。)