タイトルは、のちほど

アラフィフの備忘録 妻(元美大生)失笑の手描きイラストを添えて

また年をとった

 

 最近、なにもやる気がしなくてブログ更新も、英語勉強もさぼりまくっていた。相変わらず暗いニュースしかないし、政府方針はグダグダだし、仕事は家でほんとにやる気の出ないつまらない調整作業ばっかりだし、メンタルも低調気味だ。睡眠は足りているはずなのに一日中何となく眠い。体の中から湧き上がるやる気というか、活力が希薄だ。生命体としては末期症状であると自認しつつ、しばらく休んでもいいかと思ったりしている。追い打ちをかけるようにまたひとつ年をとった。49歳、初老である。

 

 先日、実家に立ち寄った際に古いアルバムを5冊ほど廃棄のために引き取ってきた。35~50年近く前のものなので表紙はボロボロ、台紙は変色し粘着部はベタベタであった。処分のため一通りすべての写真を剥ぎ取り(多少破れてしまったものもあるが)、必要そうなものだけを空箱に残した。その中で面白いものがあった。幼少期に描いたアヒルのスケッチである。画力には定評があるが、当時からこれまでにどれだけ描写技術が向上したかを計測するために、同じような構図の絵を何も見ずに(ここがとても大事!)描いてみた。恥を忍んで白日の下に晒してみよう。

 

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左図:3歳くらいの作、右図:49歳の作

 

 これが46年の時間を経た進化の様子である。ほとんど変わっていないことにお気づきだろうか。いやむしろアヒルはこうであらねばならないという要らぬ知識がある分、そして歪んだフィルターを通してアヒルという物体を認識している分、はっきり言って描写能力自体は劣化しているのかもしれん。右図をアヒルと主張すれば、何割かの人からは、そうは見えないというコメントを貰ってしまうかもしれぬ。生まれ持った才覚と相応の訓練を積まなければ人の能力というのは、誕生時から不変であり何ら向上しないということが今ここに証明できたことになる。

 

 やる気なく、だらけたままでは何も向上しない、今後も腐らずに精進していこうと思う(合掌)。