もはやこれまで

隠遁を願うアラフィフ会社員。中学校の卒業文集で将来の夢は”何もしないひと”と書いた。あれから35年、夢も画力も変わっていない。

一門  神田憲行 (朝日新聞出版)

 棋士、森信雄。故村山聖九段の師匠である。この門下よりプロ棋士がたくさん輩出されていることからも数ある入門先の中で名門といってもいいだろう。

 

 森棋士個人は目立った成績を上げている訳ではなく、他にも時代を代表する凄い棋士は大勢いる。自らのことを冴えん棋士と言っている。第三者から見ても実際そうなんだろうと思う。なのに多くの門下生が集まるのは何故か?一門に所属する棋士にインタビューした内容で本書は構成されている。

 

 将棋は伝統文化である。師匠弟子とはいっても直接将棋を教わる事はほとんどない。極端な話しでは直接指すのは入門時と辞める時だけだという。典型的な昔ながらの技術は見て盗めというやつだ。一見効率がすごく悪い。なので人が集まるのは教え方がカリスマ的にうまいからではなく人柄、面倒見、将棋への姿勢という人間的魅力というところだろう。こういう不思議と人が集まる求心力のある人はいるのだ。誰とでも波長が合うというか。

 

 門下生のインタビューを読んでいて思った事は、師匠と弟子の絆が強い、互いの信頼が強いことだ。重病で若くして亡くなった村山九段との絆はほとんど親子のようだ。尊敬できる頑丈な精神的支柱に支えられて将棋に没頭出来る場が有れば、元々素質のある選りすぐりの子供たちだから放っておいても勝手に強くなるのだろう。何か物事を極め尖らせるのはテクニカルなスキルや表面的な技術伝達ではなく、本人の素質に加え心の伝達なのだ。そう考えると伝統芸能って凄い。出藍の誉れを願い歓迎する名伯楽でなければ他人様の師は務まらないのだ。