もはやこれまで

隠遁を願うアラフィフ会社員。中学校の卒業文集で将来の夢は”何もしないひと”と書いた。あれから35年、夢も画力も変わっていない。

僕に踏まれた町と僕が踏まれた町 中島らも (PHP研究所)

 初版1989年。当時高校2年生だったワシはタイトルに魅かれてこの本を読んだ。中島らもはコピーライターでもあるので、もしかするとこの本のタイトルも出版社でなく自らつけたのかもしれない。

 

 内容は彼が過ごした地元の町でのモラトリアム時代(高校生、大学生)における苦悩や出来事を短編で描いたものだ。中島らもは進学で有名な灘高出身であるが親や教師の言いなりロボットのような勉強マシンを演じるのが嫌になり、ドロップアウトし灘高の問題児へと華麗な変貌を遂げた。この時期の不安定な精神状態や心の葛藤など当時のワシの心情代弁者のようですぐに引き込まれた。TV番組にもよく出ていたがあの隠遁者のような気だるそうなゆったりとした喋り方、ぬぼーとした雰囲気、一般人とは異なる視座をずらしたものの見方など、不思議な魅力満載の人だ。

 

 それから十数年、中島らもが泥酔して階段から落ち、若くして亡くなった(52才没)のを聞いたとき、本書の「O先生のこと」という一節を思い出した。高校の中年漢文教師が酒飲みで二日酔いの酒臭を漂わせながらしばしば授業をするのだが、この先生には何かしら好感が持てた。自宅でガスホースを踏んだのに気付かず中毒死された事に対し、酒に酔った李白が水面に映る月を取ろうとして溺死した場面を彷彿とさせると書いている。中島らもの死もまた既視感を感じさせずにはいられない最期だった。

 

 今回久しぶりに図書館でこの本を目にした。年月が経っているのでページを開くと紙は焼けて燻んだ色に変色していた。そこにはまだ中島らもが生きていた頃の止まった時間が玉手箱の煙の様に封印されていた。

f:id:karesansui50:20210108211400j:plain

月をとろうと