もはやこれまで

隠遁を願うアラフィフ会社員。中学校の卒業文集で将来の夢は”何もしないひと”と書いた。あれから35年、夢も画力も変わっていない。

最近思うこと

 コロナで人の生き方や考え方、価値観までもが大きく変わってきた。いやコロナだけではない、コロナはきっかけに過ぎず、資本主義システムが行き詰っているとか、貧富の格差が連鎖しているとか、少子高齢化で日本は先が見えず没落するのみとか、大手企業のリストラやANAのように週休4日で副業推奨を始めたとか、雲行きが怪しいことだらけである。人によっては今は幕末~明治維新を超える変革期であるという人もいる。

 

 確かに変革の時である。自分の経験やスキルを棚卸し、生き方を考える良い機会であると思う。特にワシみたいな50才前後のセカンドキャリアを考える人間はそうだろう。平均寿命は長いが健康寿命は男性72才で元気な状態でいられる時間は案外短いのだ。これまで多くの人の常識だった、60才まで会社に勤めて会社で一日の大半の時間を過ごすことが本当に良い選択なのかどうか。漠然とした不安を感じる。

 

 4月に会社で22年やっていた研究開発実務から新しく発足した企画管理へ業務が変わった。当初はいよいよ現場から外されたという思いもあったが、食わず嫌いもダメなので(社命なので嫌ならこの会社から退場するしかない)1年は辛抱するかと思っていたのだが、この仕事がほんとにつまらん。できるできないで言えば、時間かければできるのだがやる気がでない、やりがいを感じない。それは研究開発実務と違って自身のスキルアップにならないから、成長を感じないから。会議・報告会の日程調整や準備(また会議が多いこと多いこと。一日中会議やっとるぞ。人が多い会社はこれだから困る。)に始まり、若手教育講義の設定、経費使用状況の管理、報告書や特許の出願状況管理、、、、。研究開発業務と比べて一貫性がなく単発、何でも屋で総務のような感じ。ウーム、なんだかなー。

 

 そういえば以前、似たような経路を辿った50代前半の先輩が管理部へ転勤になって半年で退職されたのを思い出した。その方は研究開発のけじめとして共同研究していた大学へ勤め(通い?)、博士号を取得したのち引退された。その間おそらく大した収入はなかったと思われるが意地というか、ささやかな抵抗というのか。

 

 岐路に立たされたアラフィフおっちゃんの雑感でした。

 

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日が沈む